この事例の依頼主
30代 女性
相談者A子は夫B男から9年に及ぶDV(身体的・精神的暴力)を受けた末、耐えきれなくなり、2人の娘(いずれも当時小学校低学年)を連れて家を出た。A子は弁護士に相談することなく独力で離婚調停を申し立てるとともに、警察に相談した上でDV防止法に基づく保護命令の申立てをして裁判所から保護命令が発令された。保護命令の内容は「本日から6か月間、A子の身辺につきまとい、又はA子の住居、勤務先その他通常所在する場所の付近を徘徊してはならない」というものであった。しかし、A子は、B男からメールで執拗に「保護命令を取り下げろ。取り下げなければ離婚調停の話しには応じない。金も払わない」と要求されて、離婚の話しが進まないと困るので、仕方なく保護命令取消の申立てをし、保護命令は取り消された。離婚調停では、A子もB男も代理人を立てずに自ら調停期日に出頭し、4回目の期日で離婚調停が成立したが、離婚以外の調停の内容は、①子供たちの親権者をA子とする、②A子はB男と子供たちとの面会交流を認める、③B男は子供たちの養育費を毎月支払うというもので、慰謝料の定めはなく、養育費も「B男がうつ病で会社を辞める予定である」という理由で低額であった。A子は慰謝料の請求もしたかったが、調停委員から「殴られる方も悪い」と言われて精神的に打ちのめされ、慰謝料請求を断念した。最終的には調停委員から「あなた働いてるから、とりあえず離婚しちゃいなさいよ。今日だったら相手も応じそうだから」と言われて、内容的には不満があったが、調停に応じた。その後、B男は最初の2回は養育費を支払ったが、3回目以降支払わなくなった。その理由は、A子がB男と子供たちの面会交流に応じないからというものであった。A子は、B男が自殺をほのめかしたり、A子に危害を加えたりする内容のメールを送信してきたため、子供たちに会わせるのは危険だと判断し、面会交流に応じなかったのである。B男の養育費の不払いは半年に及び、そればかりかB男は子供たちに会えない慰謝料を請求してきた。そのため、A子は、弁護士Xに相談した。
弁護士Xは、A子の代理人として、養育費の支払義務を定めた調停調書に基づき、B男の給料を差し押さえた。B男は離婚調停では「自分はうつ病なので会社を辞めて収入がなくなるから養育費を払えない」と言っていたが、給料差押後に勤め先から届いた陳述書によると、B男は離婚時の会社に勤めており、50万円を超える給料(手取り)をもらっていた。B男は給料の差押えを受けて、A子に「差押えを解いてもらわなければ会社を辞めざるを得なくなり、養育費も払えなくなる」と泣きつき、未払の養育費を支払った。B男が会社勤めをして50万円を超える給料をもらっていることが分かったため、A子は弁護士Xを代理人に立てて養育費増額調停の申し立てをした。B男も弁護士Yを代理人に立てて調停に臨み、2回目の期日で養育費を増額する調停が成立した。また、A子は弁護士Xを代理人に立てて、B男のDVを理由とする慰謝料請求訴訟を提起した。B男は弁護士Yを代理人に立てて争い、「夫婦間においては、愛情・信頼をベースに、暴力や暴言は互いに許し合う暗黙の了解がある」などと主張して自己の暴力を正当化しようとしたが、裁判官は「暴力を振るっておきながら違法でないというのはどうなんですか?」とB男の主張に疑問を示し、B男に和解を勧めた結果、「B男は請求金額500万円のうち400万円の支払義務のあることを認める。B男がこのうち300万円を2か月以内に支払ったときは、A子は残金の支払義務を免除する」という内容で和解が成立した。1年後、B男は弁護士を代理人に立てずに養育費減額調停の申し立てをしてきた。その理由は「うつ病で会社を退職して収入がなくなり、預金もないから養育費を払えない」とのことであった。A子は弁護士Xを代理人に立てて調停に臨み、「慰謝料請求訴訟で提出した診断書と今回提出した診断書は同一医師によるものであるにもかかわらず筆跡が異なるので偽造の可能性がある」、「預金がないと言いながら預金通帳を開示しないのはおかしい」などと主張して争った。裁判官から減額に応じたらどうかとの話しもあったが、A子は拒否し、手続は調停不成立で審判に移行し、弁護士XがB男の主張が虚偽であることの立証を進めようとしたところ、事実が暴かれては困ると思ったのか、B男は申立てを取り下げ、事件は終了した。もちろん、その後もB男は従前どおりの養育費を払い続けた(一度給料の差押えを受けて痛い思いをしているので、支払わないわけにはいかないであろう)。9年後、A子の長女C子が成年に達して養育費の支払も終了したが、C子は大学生で卒業後は大学院への進学を希望していたため、弁護士Xに相談して、父B男の住所を調べてもらった上、B男に対する扶養料請求調停の申立てをすることにした。弁護士XはC子に「書類は私が作成してあげるので、自分で調停をやってみなさい」と言い、C子は弁護士を代理人に立てずに調停の申立てをした。申立後、裁判所からB男に調停期日呼出通知が送付されたところ、B男からC子に連絡があり、調停申立てを取り下げて、裁判所外で会うことを求めてきた。C子は弁護士Xに相談しながら妹D子と一緒にB男に会い(離婚後初めての父子の対面であった)、B男から扶養料を支払う旨の約束を取り付けた。B男は調停申立を取り下げるように求めたが、C子は弁護士Xのアドバイスに従ってこれを拒否し、調停期日に出頭して(B男は欠席)、調停委員に調停申立後の経過を説明し、B男が支払うと約束した金額で裁判所の審判(調停に代わる審判)を出してもらい、事件は無事終了した。
離婚の交渉や調停は弁護士を代理人に立てなくてもできますが、その場合、不満を残したまま合意(調停)してしまうということが多々あります。このケースでも、相談者は弁護士を立てずに調停離婚しましたが、夫に強く迫られて保護命令の取消に応じてしまったり、不十分な内容の調停に応じてしまったりしています。もちろん弁護士に委任すれば金銭的負担がかかりますが、自分だけで手続を進めた場合のリスクも考慮しておいた方がいいです。