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心身の病気なし「月30~50h残業」でも慰謝料のレア判決 長時間労働の抑止に希望
2020年07月27日 09時54分

東京地裁で今年6月、労働者に心身の病気がなくても、長時間労働を放置したとして、企業の安全配慮義務違反を認定した判決があった。

未発症で慰謝料が認められること自体が珍しいが、今回は「過労死ライン」に満たない月30~50時間の残業で認められたレアケースだ。

事件を担当した松井剛弁護士は、長時間労働の抑止に影響がありそうだと意義を語る。

「このぐらいの残業時間で認められた例は聞いたことがなかった。今回は施行前の事案だが、『働き方改革関連法』により、残業は原則月45時間までになった。長時間労働をさせる企業には厳しい判断という流れにつながるのではないか」

東京地裁で今年6月、労働者に心身の病気がなくても、長時間労働を放置したとして、企業の安全配慮義務違反を認定した判決があった。

未発症で慰謝料が認められること自体が珍しいが、今回は「過労死ライン」に満たない月30~50時間の残業で認められたレアケースだ。

事件を担当した松井剛弁護士は、長時間労働の抑止に影響がありそうだと意義を語る。

「このぐらいの残業時間で認められた例は聞いたことがなかった。今回は施行前の事案だが、『働き方改革関連法』により、残業は原則月45時間までになった。長時間労働をさせる企業には厳しい判断という流れにつながるのではないか」

●過去の裁判例は「月平均80時間&130時間の残業」

まずは概要を紹介したい。この事件は、保険大手のアクサ生命保険の社員が、長時間労働の放置などを問題視して、会社側に100万円を求めたというものだ。

6月10日の東京地裁判決は、社員側の主張を一部認め、同社に安全配慮義務違反があったとして、10万円を支払うよう命じている。

この社員は病院で「抑うつ状態」と診断されたなどとして、心身の不調を主張していた。しかし、裁判所は「医学的証拠は乏しい」と判断。そのうえで、次のように判示している。

「具体的な疾患を発症するに至らなかったとしても、1年以上にわたって、ひと月当たり30時間ないし50時間以上(1日8時間超過分と週40時間超過分の合計)に及ぶ心身の不調を来す可能性があるような時間外労働に原告を従事させたことを踏まえると、原告には慰謝料相当額の損害賠償請求が認められるべきである」

原告の残業時間の推移(判決書記載の別紙をもとに作成)

心身不調を認める医学的な根拠がないのに、長時間労働による慰謝料を認めた例としては、無洲事件(東京地裁平成28年5月30日判決)と狩野ジャパン事件(長崎地裁大村支部令和元年9月26日)の2つが知られている。

前者は、月平均80時間超の残業、後者は月平均約130時間の残業でそれぞれ30万円の慰謝料が認められている。つまり「過労死ライン」を超えたケースだった。

一方、今回は月30~50時間の残業で10万円の慰謝料が認められている。

●長時間労働に社内から苦情、相談を放置

今回の判決によると、安全配慮義務違反には以下のような個別事情も影響しているようだ。

・会社の営業社員労働組合が長時間労働について苦情を出しており、アンケート調査なども実施していたこと

・原告社員のいた営業所が立川労働基準監督署から2017年10月30日付で残業代未払いなどで是正勧告を受けていたこと

・2018年5月18日まで、残業に関する36協定が締結されていなかったこと

・2017年3~5月頃、原告社員が育児に伴なう短時間勤務が認められているのに、長時間労働になっているとして、支社長らに相談したのに改善されなかったこと

会社側は36協定の未締結や長時間労働の実態などを知りながら、この社員の相談を聞いても、事実関係の調査や改善指導などをせず、長時間労働を放置したと判断されている。

●本当の争点は「事業場外みなし」だった

なお、判決を報じたのは共同通信だけだった。新聞紙面に載せたのは、長崎新聞と山陽新聞のみ(G-Search検索による)。Web掲載は定かではないが、産経ニュースの転載が注目されたくらいだ。

共同の報道を受けて、弁護士ドットコムニュースは、東京地裁の記録閲覧室で判決書や裁判記録を閲覧した。

その結果、この裁判はもともと、残業代請求事件として、2017年に提起されていたことが分かった。安全配慮義務違反は途中から加えられた争点で、当初は「事業場外みなし労働時間制」が適用されるかどうかが争われていた。

原告になった社員は「育成部長」という地位にあり、営業社員と一緒に客先を回る同行指導に携わっていた。なお、「部長」ではあるが、会社側は残業代を払わなくて良い「管理監督者」とは位置づけていない。

「事業場外みなし」は外回りなど、使用者の指揮監督が及ばず、労働時間の把握が困難な社員などについて、あらかじめ何時間働いたと「みなす」制度。悪用されれば、いわゆる「定額働かせ放題」にもなりかねない。

近年の裁判では、携帯電話などの普及から、労働時間を把握できるとして、無効になる事例が珍しくなかった。

●一転して会社「支払う」→訴えの取り下げ

原告社員も、オフィスで残務をこなすことが多かったなどとして、事業場外みなしは適用されないと主張。業務用端末のログイン記録などから、800万円余りの未払い残業代や約600万円の付加金なども求めていた。

裁判記録によると、会社側は2020年3月になって、「原告の主張を認めたわけではないが、事件を早期解決するため」という趣旨で、約800万円超の支払いに応じている。また、当時の支社長によるお詫びの文書も出されていた。

こうした対応を受け、原告側は残業代請求部分を取り下げた。その結果が100万円を求めて、10万円が認容されているという、一見すれば、「費用倒れ」にも見える判決の報道だったというわけだ。

なお、裁判記録によると、同社では2019年4月から午後8時になっても端末からログオフしない場合は会社から警告が届くようになった。また、午前8時半前の出社が禁止される規定もできたようだ。

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